今日は満月だった。

(。・ω・。)

人生フルーツ 他者への駄目だしはやめよう

「自分でできることを何か見つけてコツコツやれば何か見えてくる」


津端修一さん90歳 東大出身、元大学教授、英子さん87歳 200年続く作り酒屋の娘


修一さんが設計を任された名古屋近郊のベッドタウン、高蔵寺ニュータウンに夫婦で50年間暮らす
東海テレビ製作ドキュメンタリー

修一さんが東大ボート部(部長)の合宿で、英子さんの実家の蔵元に泊めてもらったことが縁で、結婚となりました。
女性は物言えぬ時代で、親の言うことに刃向わず、黙って献身的に働くことが当たり前となっていたようで、
20歳になってやっと普通に会話ができるようになったそうです。(英子さん談)

なので、英子さんは修一さんのやることには全て口出しせずに、その通りになるようにがんばってきた。
給料が月4万の時に、80万のヨットを買うと言い出しても、あらそうなのと許し、
お金が無ければ、質屋に行ったりしてどうにか工面。(ちなみに修一さんは一度も質屋に行ったことがない…)


<修一さん>
ヨットが趣味。1日に10枚絵葉書を書く。友人の葬式には絶対に参加しない。
食事の時のスプーンは、絶対に木のスプーンを使う。

家の近くにあったハゲ山に1万本の苗を植樹した。
言いだしっぺではあるが、小学校の校長などに声をかけ、プロジェクトがうまく進みだすと手をひく。それが修一さんのやり方。

英子さんが色々な植物を植えるので、その植物の名前を記載したプレートを修一さんが作成。
(木の看板に黄色のペンキを塗って、その上に名前や絵を書く。)

戦時中、台湾にて戦闘機を製造する部隊にいた修一さん、日本人だけが優遇された住まいに引け目を感じ、
台湾の若い子たちの宿舎に一緒に雑魚寝して過ごしていたとのこと。
そこで弟とのように仲良くなった友人に手彫りの印鑑をもらい、その印鑑をずっと使い続けた。
最近になって、その友人が若くして政治犯で銃殺されていたことを知り、泣きながら、友人の墓に印鑑を供養する。

本の執筆依頼の電話が鳴る。意義を感じ取ることができない依頼は怒り気味に断る。残り少ない人生なので、好きなことをやりたいと。

元同僚の方からの話。
2、3日出社してこないことがよくあり、1週間ぐらいすると、大量の設計図を抱えて、出社してくる。
組織人としては、異物だった。


<英子さん>

台所はあまり綺麗ではないので、おおざっぱな性格っぽい。

背中が曲がっており、手が大きいので、家事や畑の世話はほとんど英子さんがやっていたと思われる。

庭で取れたフルーツを使って、修一さんの大好きなデザートを作る。

修一さんはじゃがいもが大好きだが、英子さんは大っ嫌い。だけど、しょっちゅうコロッケを修一さんの為に作っている。
(このコロッケもかなり雑に調理していた。)

月に1回、年金が入金されると、電車で1時間ほどかけてなじみのデパートに行き、
庭では取れない食材を購入。野菜・刺身・切り身など、修一さんの好物を買う。

お店の人とは50年の付き合い。魚やさんでは、おいしいかどうか聞いてから購入。
修一さんは、魚やさんにもお礼の絵葉書を書く。来店から3日後には葉書が届く。
(その葉書には何度も助けられたと、魚やさんは話していた。)




伊勢湾台風~高潮被害~
昭和34年9月26日、東海地方を中心にして5,000人を超える死者・行方不明者を出しました。
これがきっかけとなり、名古屋近郊のベッドタウン、高蔵寺ニュータウンの建築がはじまる。

修一さんが提案したものは、自然と一体化する・風が吹き抜ける設計となっていましたが、
公団だったので、ほとんどの提案が通らず、満足行く結果とはならなかったようです。
山を崩し、平らな土地に団地を並べただけのものとなった。

その地に300坪の土地を購入し、30畳一間の平屋を建てます。
(少しでも里山を再建しようと考えた。)


梅、柿、栗、クルミ、サクランボ、タケノコ、多数の野菜がある。
最初は何もない土地だった。50年経って、大きな実を付けるようになった。
木の枯葉を集め、畑に堆肥と一緒に撒く、これだけで年々、大きな野菜が取れる。
毎月、家族には、段ボールに庭で取れた食物やおかず(生姜焼きやハンバーグなど)を凍らせたものを送る。

庭での色々な行事があり、そのたびにプレートを取り換える。
燻製ベーコン教室だったり、餅つき大会だったり。。

一緒に住んでいた孫の花子さん。(現在は大学生で一人暮らし)
シルベニアファミリーの人形の家が欲しいと言うと、プラスチックの家は駄目だと言われ、
修一さんが木材で大きな家を作成してくれた。
正月の餅には、「はなこ」という焼印をする。








最後に、修一さんの死。
お昼寝をしていて、そのまま息を引き取ったとのこと。
(なんて、幸せな死に方なんだろう。)

死ぬ直前に、精神病院のリハビリ施設の設計に悩んでいる職員からの依頼で、
修一さんは、嬉々として、無償でアドバイスをする。
高蔵寺ニュータウンでは実現できなかったことに、死ぬ間際に関われることに幸せを感じる。
完成したものを見ることはできなかったが、充実した人生だったことは確かだ。

英子さんは、修一さん亡くなったあとも、修一さんが好きな献立(自分が食べることのない)の食事を作っていた。




樹木希林のナレーションは、少し偉そうで、なんだか違和感あり。
このドラマをきっちり見ていないんだろうと推測。

~裏話~
樹木希林の声撮り日の直前まで、タイトルが決まらず、
ギリギリに監督が「人生フルーツ」を提案。最初はあまりぱっとしない反応だったが、
だんだんとスタッフからこれは良いと評価され、タイトルが決まる。

<感想>
修一さんの死の前までの映像は、秀逸な出来だったと思います。
精神病院のくだりは、無理やりくっつけた落ちのようで、残念でした。

そういう時代だったということもあるが、英子さんの献身的な態度は本当にすごい。
こんな神様みたいな人がいるなんて。。
旦那には何も言わずについていく。旦那に意見しない。お互いに感謝する。
今の時代でもこれが当たり前だったら、離婚率も低く、出生率は高いままだっただろうと本気で思う。




2016年/日本/91分
監督:伏原健之
撮影:村田敦崇
出演:津端修一、津端英子



劇場情報 | 人生フルーツ


9/1でラストです!めちゃくちゃお勧めです!